

山本 真一路さんさん
豊浦町にある眼鏡店「POTETO MEGANE(ポテトメガネ)」。
一見すると、静かな町の一角にある小さな店だが、県外や遠方からも多くの人が訪れる、少し不思議な場所に感じます。
その中心に立つのが、Optical Advisorの山本真一路さん。
眼鏡を“売る人”ではなく、眼鏡を通して「その人らしさ」を一緒につくる存在です。
山本さんが眼鏡の仕事を意識するようになったのは、25歳の頃のことです。
福岡でアパレルの仕事をしていた時代、海外を一人で旅した経験が大きな転機となりました。アメリカやニューヨークで見かけた眼鏡店は、日本でよく見る「医療器具としての眼鏡」とはまったく異なるものでした。
店ごとに世界観があり、眼鏡はファッションであり、アイデンティティそのものと感じられたそうです。
「これは、実家の眼鏡屋と自分のファッションの経験を組み合わせたら、面白いことができるかもしれない」
そう感じたことが、現在の仕事の原点になっています。
山本さんは、ご自身の仕事や職業を「職人」とは言いません。その代わり、こんな言葉を使っています。
「眼鏡屋は“慮る(おもんぱかる)仕事”なんです」
「お客さんの多くは、自分にどんな眼鏡が似合うのか、言葉にできません。だからこそ、会話の中の雰囲気や服装、立ち居振る舞い、表情の変化を読み取り、少し先の姿を想像して提案します。いきなり大胆な一本を勧めるのではなく、『まずはこちら、次はこんなものも似合いますよ』と段階を踏んでいく。その積み重ねが、その人自身の変化につながっていくんです」
と、接客におけるスタイルや心構えを語ってくれました。
豊浦で仕事をすることは、山本さんの考え方に大きな影響を与えています。
「ここにいると、自然と心に余裕ができます」
都会にいれば、もっと尖った店になっていたかもしれません。しかし豊浦では、同級生のお母さんにスーパーで会うこともありますし、地元のお年寄りが眼鏡の調整にふらっと立ち寄ってくれることもあります。尖りすぎず、丸くなりすぎず。そのバランスが、結果として店の空気を心地よいものにしています。
「“下関市豊浦でつくった眼鏡”を、きちんと価値として届けたい」
観光土産ではなく、この場所で生まれ、この場所だからこそ意味を持つ眼鏡を創造し、届けたい。そんな構想が、少しずつ形になり始めています。
ちなみに「POTETO MEGANE」は、豊浦をはじめ、長門市、福岡市の計3店舗あります。
それぞれの土地を知る山本さんは、豊浦について「何もなさそうで、実は尖った人が多い場所」と表現してくれました。アーティストやものづくりをする人が自然と集まり、年齢や肩書きの垣根を越えた関係が生まれやすい。そして都会では埋もれてしまう個性も、豊浦ではしっかりと“見つけてもらえる”。それが、この場所の強さだと感じています。
そんな豊浦に、これから観光で訪れてみたい、移住してみたいと興味を持つ人へのメッセージは、
「自然を見るだけじゃなくて、人に会ってほしいですね」
話してみると、思っている以上に面白い人がいます。何かをつくりたい人、表現したい人ほど、この町は相性がいい。そんな豊浦の魅力を教えてくれました。豊浦は、静かだけれど、可能性のある場所。
そんな言葉が、山本さんの姿勢そのものを表しています。
【とようら直送!トリビアな話「実は山口県は“眼鏡ゆかりの地”かもしれない」】
POTETO MEGANEで眼鏡の話をしていると、「そもそも、日本で最初に眼鏡をかけたのは誰か?」という話題になることがあるそうです。
実は、山口県にその説が残っているのだとか。
戦国時代、宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に持ち込んだとされる南蛮渡来の眼鏡。当時、海外との交易や情報の玄関口だった山口には、その眼鏡が献上された可能性があると伝えられています。
記録として確定しているわけではありませんが、「山口で初めて眼鏡が使われたのではないか」という説は、今も語り継がれています。
もしそれが事実なら、この豊浦で眼鏡をつくり、眼鏡と向き合う仕事が続いているのも、偶然ではないのかもしれません。
山本さんは、こうした話を“誇張せず、でも大切に”受け止めています。
「知らなくても困らないけど、知ると眼鏡がちょっと特別に見えてくる」
豊浦の海や人の空気の中で、今日もまた一本の眼鏡が、その人の物語と結びついていきます。
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